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すべての働きたくない人へ

働かない事をあの手この手で肯定していくブログです。

マウンティング社会vsルサンチマン社会

ベーシック・インカム反対論に反論3 ③

 

ベーシック・インカム反対論に反論するシリーズの続きです。

お題は↓コチラで取り上げたビデオです。

ベーシック・インカム反対論に反論3 日本は破綻するのか - すべての働きたくない人へ

 

今回は「スティグマ(マイナスの刻印)は無くならない」問題を考えます。


概要:
視聴者の意見で
「今の社会では"働いている事が当たり前"なので働いていない人は肩身が狭いが、ベーシック・インカムが導入されればそうした肩身の狭さが解消されるのでは?」

と言う物があり、それに対する彼等の回答は

 

ベーシック・インカムにしても、そうなったらなったで"働いてる事"がステータスになったりして無職が馬鹿にされる状況は変わらない。人は自分より下を見下したい生き物だから」
「今とは違うスティグマが生まれるだけだ。」
との事でした。

 

「肩身が狭い」「後ろめたい」「馬鹿にされる」ような状況をスティグマと表現していました。


格付け、「どっちが上だ下だ」みたいなものが無くならないだろうと言う意見には同意します。
その上で二点思った事があります。


①故に「誰も働かなくなる」事は無い。

 萱野も、ひろゆきも、それ以外のベーシック・インカム反対論者にも多く見られる意見に「ベーシック・インカムなんてやったら誰も働かなくなる」と言うものがあります。

しかしベーシック・インカムに反対していた筈の萱野・ひろゆきが視聴者の意見への反論で自ら言ってしまったその「人間はマウンティングを止められない」習性故に、「誰も働かなくなる」事は無いと思うのです。
仕事が一つのステータスになるから。

でも、そうなった社会は、今の社会とは「働く動機」が大きく違っていると思います。
多くの人が「見栄の為」「マウンティングで上を取る為」「承認欲求を満たす為」に働くようになる。

では今は、多くの人は、何のために働いているのでしょうか?

「仕事辞めたら生きていけるだろうか?」みたいな恐怖、不安から働いている人が多数いるのではないでしょうか?


追い立てられるように強迫観念から働くような生き方は「仕事依存症」ではないか?
そのような働き方が健康的でしょうか?
「働くことは美徳」見たいな事を言いつつ、実態が「依存症」だとしたら、それは美しいのでしょうか?

要するに、「マウンティングで上を取る為」なんて言い方をすれば下品だとか嫌な感じがするかもしれないが、「辞めたら死ぬ」見たいな脅迫観念に追い立てられて働くよりもずっと健康的だと思うのです。



スティグマの質が転換する?

スティグマの正体って何なんだ?
単純に言えば「攻撃」を受ける原因、落ち度みたいなもの。

「無職」に限らず色々なスティグマがあると思います。
例えば「非正規」とかもそうかも知れません。
生活保護」は明らかにそうでしょう。
全然違うジャンルでも色々あると思います。


こんな事を考えていたらフト思いました。
「正直ニートとか無職に対してはそこまでキツい風当たりは無いのでは?」
何故?
それは多分、上位グレードの「生活保護受給者」がいるから。

生活保護に対するスティグマはもう大分ヒドいと思う。
イメージの挽回が不可能と思えるほどに。

そして、ここで「攻撃」は更に分類出来る事に気が付きました。
マウンティング(見下し)型とルサンチマン(妬み、怒り)型です。


現状、無職の感じるスティグマの正体はマウンティングだと思います。
そして生活保護スティグマの正体はルサンチマンでしょう。

無職は馬鹿にされる程度だけど、生活保護は妬まれ憎まれる。
それは「俺はこんなに苦労して働いてるのに、楽して贅沢しやがって」見たいな感情だと思います。

今や生活保護は「特権階級」のように見なされる存在になってしまった。

今の社会はルサンチマンがあふれている。
それ自体が結構ヤバイ状況な気がするんですけどね…
具体的には最近話題になった「保育園落ちた日本死ね」問題とか。
あの攻撃性は何かと考えたらルサンチマン型でしょう。

保育園に入れたvs落ちたの構図だけでなく、色々飛び火もしてるようです。

どこかで「自分はそれを見越して地方に引っ越す等の努力をした。努力もしなかった奴が贅沢言うな」なんて意見も見ました。

しかしこの意見については、何で怒ってんだこの人?と思いました。
自分の判断を「損」「マイナス」と考えているのでしょうか?
でも、この人は、考え方一つでマウンティングで上取る事も出来るんですよ。
賢明な判断をし、要領良く行動し、保育園に入れる事に成功してるのだから。
「情弱乙www」とか「東京でまだ消耗してるの?」とか言える。


他にも
「子供も保育園も抱っこ紐も非正規童貞の俺からすれば手の届かない贅沢なんだよ 」

anond.hatelabo.jp

なんてのもありました。
分かるわ~その気持~
これも典型的なルサンチマンですね。

もう敵対関係、憎み合いのベクトルがグチャグチャですわ…



さて、ここで問題です。
マウンティングとルサンチマンはどっちが質が悪いでしょうか?


攻撃の矛先を向けられる立場で想像すると、ルサンチマンの方が怖いし危ないと思います。

マウンティングそのものはどこまで行ってもテロ、物理攻撃には到達しないと思うんですよ。

それに囚われて強迫観念になれば分かりませんが…
上記の「地方で保育園に入れた」例のように、考え方一つで立場をひっくり返す事も出来る。
私のスタンプも要するにそう言う事をやっている訳です。

ルサンチマンは「石投げられやしないか?」とか心配になりますし、最悪テロとか通り魔化する可能性もある。



で、結論に持って行くと…
①の方で考えたように、ベーシック・インカム後の社会は「マウンティング社会」になるかも知れません。
でも、「俺はこんなに苦労して働いてるのに…」的なルサンチマンは減ると思います。
そこまで仕事に脅迫的にしがみつく必要が無くなるから。
全体的に皆「余裕」が出てくるでしょう。

ちょっと今回は余計な話になりますが、地方移住もしやすくなるかも知れませんね。
仕事の心配がグッと減る訳ですから。